今日はすっきりとした快晴。
友人と屋上で食べた昼食は格別に美味しかった。授業は退屈だが、学校は好きだ。面白い先生もいるし、友達と長い時間話せる貴重な時間。
放課後になると部活動に勤しむ者、寄り道をするため早々に帰宅する者など様々だ。まして今日は学期テストが終了し、部活解禁日。賑わうわけだ。
一方あたしは部活がない日には決まって、辺りが夕焼けに染まるまで友達と話していた。特定の部活に所属していないあたしは、助っ人として呼ばれることが多い。
それでも十分、毎日充実している。
「あれ?何だろう、あの人だかり」
「ん、どれ?」
友人が指差す先は校門。そこには女子ばかりが集まっていたが、遠巻きに見ている男子までもが目を奪われている。まさかこんな観光名所もない街に芸能人が来ている訳ではあるまい。
ちょっとしたミーハー心も疼き、目を凝らす。
そんな光景の中心にいるのは。
「!」
「わぁー綺麗な子!男の子か女の子か……」
綺麗な物好きな友人が、嬉しそうに声を捻る。しかしあたしはそれに乗ぜず、椅子が倒れるのも気にせず立ち上がった。
「ご、ごめんっ!あたし帰るね!」
「ほいほーい。また明日ね−!」
意味ありげに笑い手を振る友人を後にして、一目散に掛けていく。途中天敵の体育教師に会ってしまったが全力で振り切った。そして人混みを掻き分けて輪の中心へ向かうと、その人物は完璧な笑顔で愛想を振りまいていた。
「
「あ、やっときた。遅いよ」
今日ここへ寄るとも、迎えに行くとも言わなかったくせにこの言い種…全くもって秋らしい。けれど秋に反抗する言葉も思い付かず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。それに気付かないのかワザとなのか…周囲にアイドル張りの笑顔で別れを告げると、あたしの都合も聞かずに手を引きその場を去った。
「ちょ、ちょっと、秋っ?」
「…」
「ねぇっ、ちょっと待ってってば!」
半ば強引に、秋の腕を引いて止める。
抵抗せずに立ち止まった秋の正面に回ると、先程までの完璧な笑顔は崩れていなかった。座木やリベザルの助言、また過去の経験から。こういう表情をしている時の秋は、最高に機嫌が悪い。
けれどあたしには何故機嫌が悪いのか、さっぱり分からない。
先週勝手にケーキを食べたことは許してもらったし、一昨日オセロ勝負でズルした時は土下座して謝ったし……。
「は!まさか昨日の紅茶!?」
「…へ?」
「いや、違うの聞いて!座木さんが新作の紅茶試したいって言うから、目離した隙にいろいろ入れちゃったのは悪かったけど、別に悪気があって入れたワケじゃないのよ!?しかも飲めないようなものは入れてないし!!」
そんなに怒るとは思ってなかったのよ−!と頭を抱え座り込む。すると頭上からクッと短く笑う声が聞こえた。
「秋…?」
「許さない(超笑顔)」
「(ギャーーーー!!!)…あ、あああ」
「早く乗りなよ」
「の、乗るって…」
何に、と問おうとした矢先、自転車が視界に入る。
いつもスケボーでふらりと出かける秋にしては珍しいことで、あたしにとっては初めて見る光景だった。サドルに腰掛けると、後ろの荷台をぽんぽんと叩く。どうやら座れということらしい。
大人しくそれに従うと、自転車は重さを感じさせないくらいスムーズに発進した。
「きゃ…っ」
「ちゃんと掴まってないとコーナーで振り落とすよ?」
「ゆっくり走ればいいじゃない」
「何でに合わせて走らなきゃいけないのさ?」
「…それ言うと、二人乗りの意味ないよね」
「僕は素直な子が好きだなー」
「…っ」
いつものやりとり。
チラッと秋の表情を盗み見ると、あの完璧な笑顔はなかった。さっきの会話もいつもの調子だった。
(土下座が効いたかしら?)
見当違いなことを考えるも気分は上々。絞める勢いで腰に手を回すと、秋は「痛いよ」とぶっきらぼうながらも拒否もせずに漕ぎ出す。
重さを感じさせない安定した走り。華奢なのに広く感じる背中に頭を預けると、一層風が気持ちいい。まるで風にもハーブの香りが付いているみたい。
そのまましばらく進んでいくと、見慣れた土手が眼前に広がる。今の時間帯人はいないが、昼は野球やサッカーをする少年達で賑わう。サラサラと流れる川は音も心地よく、たまに早く帰る日には土手で横になって寝ていくこともある。
それを思い出すと、何だか体が疼く。
「ね、秋。少し休んでいこうよ」
「休む?自転車漕いでるの僕なんだけど」
「そうだけど……あ、ほら。風も気持ちいいし!」
「…ま、よござんしょ」
自転車を邪魔にならないところに止めると、二人で土手の中腹辺りに寝ころぶ。手入れされた柔らかい草が、風に揺れて頬を撫でる。
ふと混じったハーブの香りに横を見れば、秋が紫煙を燻らせている。そこかしこで吸っている嫌な臭いではない、清涼な香り。あたしはハーブに詳しくないけど、この匂いは好きだ。
「あ」
「何?」
何だか間の抜けた声を出してしまった。誤魔化すように頬を掻いてから、キョトンとした秋に寝返りを打つように向く。
「そういえば、今日どこかに行ったの?」
「うんにゃ。何故に?」
「え、だって珍しく自転車だったし…」
テスト期間内は勉強に集中することが両親との約束だから、その間は薬屋には一日も顔を出していない。もちろん期間に入る前にはその旨は薬屋の面々には伝えた。けど詳しい日程や時間は教えていないから、今の時間帯に帰る事は知らないはずだ。
(だからどこか遊びに行ったか、仕事帰りだと思ったんだけど…)
あれー?と首を傾げると、聞き覚えのある軽い音が耳に入った。それは秋が物体召喚(?)するときの音で、見ると手にはB5サイズの紙が収まっていた。ヒラリとこちらに向けるとそれは見覚えのあるものだった。
「テストの日程表!無くしたと思ってたのに…」
「そりゃ失敬」
「む、全然悪いと思ってないでしょ」
「申シ訳ゴザイマセン」
「腹立つー!」
そう言いつつもどこか憎めなくて。体を少しずらして近寄ると、顔を覗き込む。
「ね、あたしに会いたかった?」
「さぁどうかな」
「あたしは会いたかったよ」
秋のキョトンとした顔。今日は何回見たか分からない。
”会いたい”。
それは本心だった。ずっと前に貰った、秋の煙草と同じ香りのする香水があっても…やっぱり会いたかった。会って抱きしめて、直にその匂いを感じたかった。憎まれ口を叩かれても邪険に扱われても、多少存在を忘れられてても。
「あたしは、秋に会いたかったよ」
そう言って秋の唇に、そっと自分のを重ねる。
拙いけれど、愛しくて愛しくてたまらない。そんな気持ちのこもったキス。
満足して顔を離そうとすると、秋の手が頭に回され。先程よりもお互いの唇は深く交わる。人が通るかもしれないスリル感と、秋の唇から伝わる熱で心臓が今にも破裂しそうなくらい鼓動を打っている。
普段淡泊な秋が、あたしを求めてくれているのだと。そう実感するだけで嬉しさが込み上げてくる。
「ん…んぅ、秋…っ」
「ん?」
「ま、待って…」
「あ、ごめん」
ようやく離された唇。未だ熱を帯びている唇を覆い隠すように手を重ねる。多分あたしの顔はリンゴのように真っ赤なんだろう…。それに引き替え涼しい顔を崩さない秋に、若干の悔しさを覚える。
「
「え?」
「会いたくなかった訳じゃないよ」
ひねくれた言い方。
けれどそれは
「明日からまた来るんでしょ?」
「…うん」
「ザギも小猿も落ち着き無くて鬱陶しいよ」
「…秋も?」
「言わずもがな」
そうやって濁すところが、今はとても愛しくて。秋の手に自分のを重ねると、秋は空いている手で揉み消した煙草を握った。どういう仕掛けか、開いたときに消えてしまった煙草は火傷の痕一つ残さない。
そして重ねていた手を握ると身を起こし、あたしの手を軽く引いた。
「送ってく」
そう言った秋は。
夕焼けとそれに反射した水面の光で、キラキラと輝いて見えた。
自転車で2人乗り。
夕日+土手=青春?
青臭いシチュは大好物です。秋微エロ??
09/06/29 執筆