ここ数日は好天に恵まれ、洗濯物の乾きも良い。
天気が良いと気分も良くなる。学校にいる友人らの表情も晴れ晴れとしていて、こっちまで楽しくなってくる。
「なーんでこんなに曇ってるかなぁ…」
今日は打って変わってどんよりと思い雲が広がっている。遠くに晴れ間さえ見えれば好転の兆しも見えるだろうが、それすら見つからない。眉が濃く憎たらしい天気予報士が満面の笑顔で「一日晴天です!」と言っていたから、それを信じてきたのに…。
(今にも雨降りそう…)
特定の部活に所属していないあたしは、友人への挨拶もそこそこに自転車へ足をかける。両親は同窓会で今夜は帰らないと行っていたから、急ぎかえって洗濯物を取り込まなくてはいけない。
途中で降られないようにと祈りながら、あたしは帰路についた。
「…やっぱり降ってきた」
洗濯物を取り込み、夕飯の支度を始めた頃だった。それは音もない小雨などではなく、屋根や壁を打ち付ける程の激しい雨で。見れば遠くの空が妙な色になっている。
もしかしたら、と。
危惧した途端の出来事だった。
ゴロ…
「!」
小さく聞こえた音に一瞬気のせいかと思ったが、それは裏切られ。続けざまに空が明るくなり、雷鳴が轟いた。
「キャアアアッ!」
すぐさまカーテンを閉めソファへ駆け寄ると、大きなクッションへ顔をうずめる。それでも音は大きく響き、恐怖心は拭えない。
(…っ、どうしよう…っ)
体が震える。
いつも宥めてくれる両親は不在で、ひとりぼっち。気を紛らわせるものが無いだろうかと思考を巡らせるが、その度に雷鳴に中断を余儀なくされる。
(誰か〜〜…っ)
プルルル…
「っ、電話…?」
ソファの真後ろ。雷鳴以外静寂に満ちた部屋に、一際大きく鳴り響く。震えながらもそれを手に取り、出来るだけ冷静を装いそれに出た。
「もしもし…」
「夜遅くにスミマセン。ワタクシ高橋と申しまして…」
「!総和、さん…?」
「あ、あら。ちゃんだったの?やあねぇ、思い切り畏まっちゃったじゃなーい」
ケラケラと笑う声が耳に心地よい。
それと同時に、堪えていた恐怖心が嗚咽と共に飛び出す。
「…っ、総和さぁん…」
「ちょ、どうしたの、ちゃん。…もしかして泣いてる?」
「だって、雷が…」
「あらま。家に一人?」
「はい…」
「そう、それじゃ心細いわねぇ…」
総和さんの声が沈む。それに申し訳なく思い、先程同様冷静を装い大丈夫だと伝えようと口を開く。
「あの、」
「そうだ。それじゃ少しお話ししましょ!」
「…え?」
「ほら、話している内に気も紛れるだろうし。どぉ?」
(どぉ?…って言われても…)
沈んだ声から一変、総和さんの声は楽しそうだ。実際の彼に会っても表情がコロコロ変わる面白い人だ。染めた赤髪と沢山のピアスが怖い印象を持たせたが、豊かな表情とお姉口調が緊張を和らげる。
何より彼は聞き上手で。
彼にモノを相談すると、きちんと聞いてくれた上でいろいろなアドバイスをくれる。とても周囲に気を遣える人なのだ。
だからそれだけに、今回彼に気を遣わせてしまっているようで心苦しい。
「でも、あの、大丈夫ですから…」
「アラ、ちゃんが良くてもダメよ。ワタシは話したいこといっぱいあるもの」
「え…」
「愚痴、聞いてくれる?」
実際に会っていたらウインクでもしていそうな、優しい声につい顔が綻ぶ。短く肯定の意を表すと、受話器の向こうで嬉しそうに息を吐くのが聞こえた。それに安堵する間もなく、総和が口を開いた
◆
「…でしょォ?キングったらワタシへの感謝が足らないわよねェ?」
「アハハ!でも前に行ったときはキング嬉しそうにしてましたよね」
「どうかしら。ちゃんが来てたから良い子装ってただけかも」
「フフ」
お互いに笑みが零れる。
総和さんの話は大学講師への愚痴から始まり、父親、キングの生活態度にまで及んだ。初めは見知らぬ他人についての話だったため相槌を打つのが精一杯だったが、以前触らせてもらったキングに至っては想像するに容易く。何かしらの対処策が浮かぶということはなかったが、会話は弾むようになっていた。
そしてそれは。
「あ、ちゃん」
「はい」
「外、雨も止んだみたいよ?」
「…え」
受話器を耳に当てたまま窓へ駆け寄り、恐る恐るカーテンを開く。すると確かにどんよりとした雲は薄くなり、先程まで震えていたあの雷鳴も聞こえなくなっていた。
ハッとして壁に掛けられた時計に目を遣ると、学校から帰宅して早二時間……洗濯物を混んだり夕飯の下拵えをした時間を除いても、一時間以上は話していたことになる。
「す、すみません。こんなに長電話…」
「ああ良いのよー。こっちもいろいろ聞いてもらえちゃったしね」
「総和さん…」
彼の優しさに胸の奥がほんわりと温かくなる。
「…あ、ところで総和さん」
「なぁに?」
「散々お話に付き合ってもらっておいて今更なんですけど…何か用があって掛けてきたんじゃ…?」
「う゛」
(う゛、って…)
雷が怖いと言うことは知らなかったのだろうから、その為に掛けてきた訳じゃないだろうし…まさか愚痴を言う為でもあるまい。
しばらくの間沈黙が訪れ、総和さんが何か口籠もる。拾えず聞き返すと。
「声がね、聞きたかっただけなのよ」
総和さんには珍しく、歯切れの悪い言葉。
けれどそれは、少しずつあたしの心に浸透して愛しさを増していく。
「
「え?」
「今度、チョコミントアイスもって遊びに行きますね」
会って直接話したい。
そう思って言ってみたものの。
「…」
「総和、さん?」
反応がない。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。先程言った言葉を頭の中で反芻してみるが、特にまずいことは言ってない筈だ。
二の句が継げず沈黙を守っていると、総和さんが再び短く。
「
「…え?」
いつもの明るい声でなく、少し低めの…男らしい声にドキリとする。
彼を男として意識しまった心臓の鼓動は早く、収まりそうにない。幸せな苦しみにようやく声を絞り出す。
「キングは、ついでです」
「…あ」
ちょっと可哀相ですけど、と苦笑し付け加えると。
「もーやぁね、男の嫉妬って見にくいわぁ。ごめんなさいね?ちゃん」
「い、いえ!大丈夫ですっ」
「でもさっきいきなり声低くなって、怖くなかった?」
「怖くはなかったです。ただ、総和さんもやっぱり男の人なんだなぁって思いましたけど」
「…それ、ちょっと複雑ね」
「え?…あ!」
何だかすごく失礼なことを言ってしまった。すぐに謝ろうとしたが、電話の向こうでカラカラと楽しそうな笑い声が聞こえた。
それにただただ吃驚していると。
先程のような低い声で、
実に楽しそうに。
「じゃあ今度来たときは、俺も男だって事、意識させてあげる」
「!総和さ、っ…」
「んふ。それじゃ、また今度ねぇ〜」
応える間もなく切れてしまった電話。
取り残されたあたしは受話器を置く余裕もなく、しばらく放心状態だった。
貴女の声が聞きたくて。
気がつけば長電話。
09/04/24 執筆