「それは先輩が悪いですね」
容赦のない後輩の言葉に声を詰まらせ、思わず出かけた言葉をコーヒーで流し込む。他人に個人的な相談事など過去に何度したことがあったか、記憶にさえない。そんな希有な行為を、選りに選って何故彼にしているのか自分でも理解できなかった。
「…君は本当に容赦ないな、來多川君」
「同情して欲しいなら他を当たってください」
ツンと横を向き、昼食のおにぎりを頬張る。
彼がこうも不機嫌になっている理由は、高遠の相談内容にあった。
普段大きな事件の起こらない平和な上流坂警察署。その日は不運なことに近くで立て籠もり事件があり、刑事部の人間が総動員していた。犯人の隙を突き突入した事で事件そのものは早急に解決したのだが、その後抵抗した犯人の一人が隠し持っていたナイフで高遠を襲ったのだ。
急所は外れていた為大した怪我にはならなかったが、治療の為警察病院へと運ばれた。
数十分後に慌てて訪れたのは、誰でもない
「…」
「…っ、!」
その後感じたのは温かい抱擁でも優しい言葉でもなく、頬の痛みだった。驚き彼女の顔を仰げば、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていた。何かを訴えようと口は開かれたが言葉にならず、彼女は部屋を飛び出してしまった。
以降音信不通。退院した後も非番の日や終業後を見計らって家へ行ったが、当然のように門前払い。
どんなに忙しくとも2日に1度は会っていた高遠にとって、一週間以上の空白は苦痛以外の何物でもなかった。
(こんなにのめり込むとは思いもしなかったが…)
幾度となく見てきた彼女の笑顔を思い出して口端を綻ばせると、目敏く見つけた來多川が目を光らせた。
「先輩、気持ち悪いです」
「気……」
「さんが怒った理由、勿論分かってるんですよね?」
「…あぁ」
理由は
彼女は幼くして両親を亡くしている。財閥の御曹司と結婚した叔母の支援もあって普段の生活には不自由していないが、彼女は人一倍死や病を恐れている。
人はいつ居なくなるか分からないんです、と憂いを帯びた笑みを浮かべていたこともあった。
あの日一目会った時、一言「心配をかけてすまない」と言えば良かったのに。
恐らく彼女のことだから任務中に怪我を負ったことで責めたわけでなく、それに対して一言もなかったことに対しての悔しさと寂しさだろう。
緩慢な動きで立ち上がると、來多川が怪訝そうな表情を此方に向ける。
「先輩?」
「こういう時こそ定時で上がらないとね」
そう視線を促した先は、掛け時計。
早朝一番で出勤した高遠は、事実上只今をもって職務を全うしたことになる。普段行動がずぼらなクセに、こういうところだけきっちりしている高遠に來多川は恨めしそうな視線を向ける。
だが一早く帰る為には、その痛い視線も甘んじて受けよう。
「つまらない話を聞かせてすまなかったね、來多川君」
「…別に」
「こんな中年の恋愛話だけでも聞き苦しいだろう?…それに
敢えて付け加えられることのない、続く言葉。それを正確に酌み取った來多川は、耳まで一気に紅潮させた。
火と分かって油を注ぐ愚はない。軽く手を挙げて挨拶をすると、高遠は衒崎の視線をかいくぐる様に署を後にした。
早く逢いたい。
逢って、涙で歪んだ顔を晴らしたい。
逢って、抱きしめてやりたい。
逸る気持ちを抑えられず、高遠は帰路を急いだ。
けんか別れ。
好き過ぎて好き過ぎて…どうすればいいんだろう?(訊くな)
私の中で來多川君は惚れっぽい性格だと思っております。「そ、そんなに安い性格してないですっっ!」とか怒っておきながら聞き込みとかで出会った女性に一目惚れ、とか。フラれたところを慰められて…とか(笑)
妄想の中でさえ弄られるヘタレな來多川公平も愛しております!全力で!
10/02/16 執筆