「二人にちょっと頼みたいことがあるんだけど」



 それは、深山木薬店店主    秋の気まぐれな一言から始まった。







〔Only to you〕





「ぬぁ〜〜〜〜〜、幸せ〜〜〜〜」
「それはようござんした」


 色気のかけらも無い声を発しながら、あたしはソファへ沈み込む。


 今日は”数学のジャイアント馬場”と異名を持つあたしの天敵担任の出張により学校が早く終わり、嬉々として深山木薬店を訪れると……………………そこは別世界     じゃなくて!テーブルに広げられたケーキやお菓子の数々は花の様な鮮やかさを醸し出している。

 出迎えに現れた座木さんに挨拶をすると、数分もしないうちに紅茶が出てきた。今まで出して貰った紅茶の中で、あたしが一番好きだと言ったそれは、甘い桃の香りをただよわせている。
 そしていつもどおり可愛らしいリベザルは、頬を高潮させながらもカードゲームを申し込んできた。リベザルたっての希望で種目(?)はダウトになったが、リベザルが連敗するのもいつもどおりだった。



 あたしは、リベザルの”25回目の正直…!”と、半ば自棄になりつつ始めたゲームの火蓋を切る如く。一枚目のカードを場に捨て、疑問に思っていたことを投げかけた。



「今日って何かの記念日なの?」
「どうして?」
「だってここに着くなり至れり尽くせりでしょ?なんかあるかと思うじゃない」


 別にいつもの待遇が冷たいというわけじゃない。

 けれどこの状況はなんかおかしい。


「”5"。    で、なんの記念日?」
「残念だけど記念日なんかじゃないよ」
「えー、じゃあこのお菓子は?」


「すみません、それは私が」


 そう断ったのは座木さんだ。
 申し訳なさそうな表情を交えた笑顔をこちらに向け、後ろ手に隠していたと思われる薄手の本を、胸の前に翳した。それは最近主婦の間で人気の、漫才料理人が出版したお菓子の本だった。


「甘いものがお好きだとおっしゃっていたので、是非試してみたくて」
「そうだったんですか。あ、このシフォンケーキふわふわで甘くってすっごく美味しいです!この生クリームの具合も絶妙です〜っっ」



「ありがとうございます。

          大切な方が可愛らしい華の様に微笑んでくれることが、
私にとって何よりの幸福です」



 歯が浮くような科白を素面で言えてしまうのが座木さん。初めは言われるたびに赤面していたが、今ではすっかり慣れた(というのは複雑な気もするが)。


「えへへ、ありがとうございます」
「どういたしまして。紅茶のおかわりいかがですか?」
「いただきます!」


 ふわふわのシフォンを頬張りつつ座木の注ぐ紅茶を眺める。その視界に秋が入って、あたしはそちらへ目を傾けた。店長席に、落ちそうで落ちない絶妙なバランスを保ったまま座り、何か難しそうな本を読んでいる。



「秋も紅茶、いかがですか?」
「ん、貰う」
「いいの、秋?桃の紅茶だよ?」


 これは別に秋が、桃の味が嫌いだとか、この紅茶が不味いというわけじゃない(むしろ後者は有り得ない)。ただ、秋の味覚に偏りがある為問いたのだ。
 一方の秋は何を問題にしているのか分からないとでも言うように、座木さんから紅茶を受け取った。


「リベザルもいる?」
「いただきます〜…」


 過剰なまでに集中したリベザルに、座木が助け舟を出す。甘いものは神経をリラックスさせる。水に浸かった麩のようにふにゃ、と相好を崩したリベザルは、座木へ向き直って柔らかい笑みを向けた。


「ありがとうございます、兄貴」
「どういたしまして」
「俺、兄貴の入れてくれる紅茶、大好きです」


 えへへ、と微笑むリベザルは…。




(持って帰りたいくらい、可愛いッ…!!)



 内心ガッツポーズをし、二人の空気を遠巻きに堪能していると(変態っぽい)、首が取れるのではないだろうか…と心配してしまうほど勢い良く、リベザルがこちらを振り向いた。


「あ、あああああのっ!」
「ん?」









「俺、さんのことも大好きですっ!」












 お持ち帰り決定ーーーー!!!





「可愛い可愛い可愛い〜〜〜〜〜〜!!!!連れて帰ってもいいかなぁ…っ」
、目が血走ってるよ」
「たまんなーいvvこの小動物っぷり、可愛いわぁ〜vvvv」


 思わず抱きしめぐしゃぐしゃと赤毛を撫で回す。時折”わ、やめてください”とか"恥ずかしいですっ"とか可愛い声が漏れるが、聞コエナーイ。



「師匠〜助けてください〜っっ」
「うーん、どうしよっかなー」
「そんなぁ〜!」


 とうとう秋に助けを求めるも、惨敗      






    今日の僕の当番を代わってくれるなら、考えてもいい」
「代わります、代わりますからっっ!」





(あたしはそんなに恐怖か!)



 秋のどうしようもない交換条件を即実に飲む光景に、少しばかりショックを受けたあたしは、満足げに近付き腕を解いた秋に抵抗もできなかった。難なく逃れたリベザルは、いまだに秋への救いを求めている。


 そんな様子に苦笑した座木が、申し訳ないと思いつつもリベザルの背に手を添えた。


「リベザル、今日のお買い物は量が多いから二人で行こうか」
「え、で、でも」
「それに     



 ちら、と。


 座木さんがこちらを見る…というより秋を見てる?
 あたしが疑問に思って秋を見上げると、秋は表情をうかがわせることなくソファへ引き返し、背凭れの方を向いて寝てしまった。



(?)



 訳が分からず…座木と秋を見比べてみるが、秋は寝たまま      座木は微笑み部屋の奥へ入った。数分もしないうちに出てきたかと思えば、手には二人分のコートが掛けられていた。
 座木は一つをリベザルに渡し、自分は秋が着ても地面に擦れてしまいかねない長身のコートに袖を通した。そして手にしたメモをポケットへ丁寧にしまうと再び微笑んだ。



「私達が出かけている間、秋が冷蔵庫の中身に手を出さないよう見張っていていただけますか?」
「え、はぁ…わかりました」


 何だかしっくりこないような気もするが、取り敢えず了解する。


 あたしは秋が占領してしまった長ソファの隣に置かれた、柔らかい素材で作られた一人用ソファへ腰掛けた。飲みかけの紅茶に慌てて手を伸ばす。しかし冷めてしまっても美味しい所がこの紅茶の長所であり、座木の腕を証明するものでもあった。



(美味しい)



 あたしは妙な退屈感を感じることが多々ある。


 日々の学校生活や友人との会話、家庭での会話でもだ。時間ばかり早く過ぎていくというのに、周囲の環境や人間はなにも変わらない。ここに来るまではいつも、時間がもったいないと急いていた。




          しかしここはどうだろう。


 めったに客が来ないのをいい事にゴロゴロしている秋。滅多な事がない限りそれを黙認し、ゆったりとした雰囲気で紅茶を勧めてくる座木。ほんの些細なことで一喜一憂し、存在自体が癒されるリベザル。



 この深山木薬店は、実に時間がゆっくり流れている。

 それが何度も足を運ぶ原因でもある。



 また、数ヶ月前に明かしてくれた3人の秘密   彼らが妖怪だという事   はあたしにとって新鮮な事実で、恐怖など微塵も感じなかった。むしろそのような種族が人間に混じって生活していることを知れただけで、新しい楽しみが増えた。





 あの人はもしかしたら妖怪かもしれない。


 あの人は違うかな。



 失礼だから本人に訊くことはできないが、とっても楽しい。



 それに、その事実を知ってから3人の態度が少し変わった。
 もちろん良い方向に。


 以前までは遠慮がち、というか距離を置いた関係だったと思う。けれど今は素の彼らと交わることができる。…秋に至っては憎たらしい時もあるが、それも心を許してくれているのだと思うとほほえましい。秋と両想いであることを知った後でもあたし達の関係にはあまり差が無い.。


 たまにはカップルっぽい雰囲気にならないものか。
 そんなこともあまり望んでいない。




 可能な限り、一緒にいたい。

 それがあたしの望み。





     ケーキ、まだある?」


 唐突に掛けられた声。
 ソファのほうを向けば、秋が身を起こして座っていた。


「うん、あるよ」
「ちょーだい」


 言われたとおりシフォンを一切れ、皿に盛る。絶品な生クリームも絞って、秋へ手渡した。


「Thank you」
「どういたしまして。…隣、座ってもいい?」
「いいよ」


 自分の紅茶とケーキを持って、いそいそと移動する。あたしが座れるだけのスペースを開けてくれた秋のさり気なさに嬉しくなり、あたしの顔は一気に緩む。


「そういえば、こうして二人でいるのって初めてじゃない?」
「2回目だよ」
「嘘っ、いつ?」
「ザギの料理を”手伝うー”とか言って、調理用のワインで酔っ払ってた時」
「そんな恥ずかしい記憶は消して!」
「無理な注文だなぁ」




(あああああそんな事がこの記憶力のいい頭に刻まれたしまったなんて…!末代まで笑いものにされる!)


 おそらく杞憂で終わるであろう恥に頭を悩ませているあたしの横では、秋がケーキを平らげ紅茶を啜っている。その優雅さが今は憎い。きっと殺気を込めて見遣ると、秋はそれがどうしたという顔で。











「Ich liebe Sie.」



「ヘ?」



 殺気も消え失せるほどの唐突さ。
 英語ではないが相変わらずな綺麗な音で発せられたその言葉は、何故か耳に残る。秋はいつも唐突に、異国語を使う。


「えっと…何語?」
「ドイツ語だね」
「なんて言ったの?」
「辞書引いてみれば」
「ドイツ語の辞書の引き方なんてわかんないもん」
「さいでっか」




 パチン。


 秋が指を鳴らす。秋の手中に現れたのは    インスタントのココア?





「近い言葉でヒントを出していこうか」






 パチン。


 次いで現れたのは、あたし愛用のマグカップとスプーン。







「Io l'amo」
「わかんない」



 ココアがさらさらとコップへ零れていく。





「Lo amo」
「それ近くなってるの?」
「ううん」
「もっと分かりやすく!」







 紅茶用に温めてあった湯を少量。









「Je vous aime.」
「…」




 ミルクをたっぷり。


 あたしはつい最近ドラマで聞いたような科白に自信が持てず、秋の顔を窺う。










「次で最後だよ」



 秋は手際よくかき混ぜたココアをあたしの前に置き、不適に微笑む。

















       I love you」







 綺麗な発音が、耳を。


 心臓を。


 血液を。


 脳を。





     全てを侵していく。









(ずるい…っ)




 秋はいつもふざけていたり言葉を濁したりしている癖に、人が嬉しいと思うタイミングを心得ている。いっつも、いっつも、秋の一挙一動に嬉しくなってしまう。耳まで熱くなっているのが自分でも分かるのだから、相当真っ赤になっているに違いない。




「分かった?」
「・・・・うん」



 恥ずかしさに俯いてしまっているあたしを見て、秋は満足そうに笑うとソファに体を預けた。
 それが少しだけ悔しくてマグカップに手を伸ばすと、よく通る声で独り言のように言った。










「…ま、試した甲斐はあったかな」

「?」



 意味を汲み取れず、ココアを口に含む。










 そこからの記憶が定かでなくなってしまったのは。

 嬉しさのあまり、秋の料理音痴を忘れてしまっていたあたしの所為である。
















 秋の料理(※ココア)にうっかり手を出してしまったさん、ご愁傷様…!!(笑)

 座木とリベザルに敢えて"好き"発言をさせて様子を窺っている訳ですね。こんなところで説明せざるをえない文だなんて…溜め息出ますね。もし汲み取ってくださっている方がいらっしゃいましたら、握手握手。
 その想像力に感謝です…っ!(感涙)


 この話の終わり。
 実はココアが普通に美味しくて、ホワホワしているところにチュー☆<ウザイ
…というオチも考えていたのですが。





 恥ずかしさのあまり却下…!!


 プルプル、します、っ…。




 そ、それではブラウザバックでお戻り下さい…。