人間が、ナビと恋愛をしちゃ、駄目ですか?















    〔意地〕








「炎山、ちゃんと連絡取れたか?」
「いいや、相変わらず自宅にこもったままらしい」
「まいったなァ、メイルちゃんでさえ面会謝絶になってるっぽいし」

 科学省の休憩室。湯気の立つコーヒーを啜り、暗い表情を見せるのは伊集院炎山と光熱斗。
 二人の話題は1週間前から姿を消しているのことだ。…姿を消しているといっても、自宅にいるのは科学省研究員である父親から聞いている。

    問題なのは、誰が呼んでも応答しないということ。

「炎山、何か心当たりはないのか?」
「ある」

 炎山が、その問いを待っていたと言わんばかりに素早く対応する。

「原因とするならばこの前、の家へ行った時の事だろうな」






 思いついた原因。




 それは1週間前にさかのぼる。











 科学省のチップ開発部に所属しているの家に訪れ、敵が持っていたチップの解析を依頼をした。そのとき機嫌は良好で、は快く引き受けてくれた。
 訪れたの部屋はパソコンの周辺機器やら入力・出力装置、そして一体どこに繋がっているのか分からない程のコードで埋め尽くされていた。初めて経験した、踏み場のない足下。



「汚いな」
「失礼な!これでも色々片付けたんだよ?・・・・一応」
「一応、ね」


 これでも根は乙女なんだから突っ込まないでよー、と頬を膨らませたに、機嫌を損ねてはいけないと乾いた笑いを零す。




 本来ここに来る役は炎山ではなかった。
 これは、たっての希望だった。










 …は、ブルースに恋心を抱いている。



 その気持ちをブルースも気付いているらしい。というか、あれだけ好き好き言われて気付かないのがどうかと思うくらいだ。炎山と会っても、二言目には必ず”ブルースは?”がくる。見ていて恥ずかしくなるが、嫌な気もしないので幾度となくPETを介して会話をさせていた。
 しかし生真面目なブルースは躊躇っていた。




「ね、ね、ブルース。今度あたしのチームで強化ディメンショナルチップのテストするんだけどさ、モニターやってくれない?」
『何で俺が』
「あたしが一番に会いたいからv」


 こんな遣り取りは既に見慣れた。
 全身から愛を垂れ流すに、いつでも冷静に対応するブルース。







 …けれど、その日は少しだけ違った。













   …まだそんな事を言っているのか』

「…ぇ」






 まるで全身で拒否するかのように。






『ナビと人間が恋愛できると、本気で思っているのか?』
「ブルース、お前…」
『炎山様、用は済みました。帰りましょう』
「……しかし」


 炎山はを見た。
 あまりの出来事にも驚愕しているだろう。そう思いきや。




  って」
「ひび…」






   …帰って」







 …それ以来は引き籠もってしまった、というわけだ。












「じゃあ原因はブルースじゃん」
「ま、それは否定できん」

 ブルースは先程から黙ったままだ。



「一言謝ってこいよブルース。じゃないと俺達ちゃんに会えないじゃん」
『無理な事言っちゃ駄目だよ熱斗君。それに形だけの謝罪じゃちゃん、もっと怒ると思うよ?』
「あーそっかぁ」





「別に俺は良いと思うのだがな」

『炎山様?』



「別に悪くはないだろう。人間とナビが恋愛をする事は」
『…っ、しかし!世間は何と言うか…!』
「お前も世間体を心配するのか、ブルース。視野が狭い人間は鼻で笑ってやればいい。これまでもそうしてきただろう?」
『ですが…!』
「世間がどうというだけで自分の感情を消す事が、得策だとは思えないな」



 相変わらず幼さの欠片もない仕草でコーヒーを啜る。声は漏らさぬものの、横に置かれたPETからは困惑したブルースの様子がわかる。



 そしてその向かいでは熱斗とロックマンが珍しいものを見た、と目を見開いていた。








『ブルースと………』
「炎山の意見が分かれた………」











---














 …分からない。



 の想いは痛いほど伝わっている。
 別に俺もそれを迷惑だとは思ってはいない。が嫌いなわけでもない。


 しかしそれは恋心なのだろうか。


 そして、世間に背を向けるほど俺に魅力はあるのだろうか。







 …と言いつつも。




「何故俺はここへ……」

 ネットシティから少し外れた個人スペース。民間のネットナビがあまり踏み入らない、大小様々な形のブロックが置かれたスペースの奥には、俺と同じ赤の   しかしそれを隠すように朽ちたマントを纏っているナビがいた。





 のナビ、レイだ。




「…」
「もう見えてんだからさっさと来いよ」
「!」


 見えていたのか。完全に気配を絶ったつもりでいたのだが、まだまだ甘いらしい。
素直に応じて物陰から出るとレイもこちらへ向き直り足を組んだ。胡座を組んだ足に、顎を乗せた腕を置いている…実に偉そうだ。


「何しに来た?」
「…何って」
「謝りに、か?アイツが素直に応じるタマかよ」
「別に、そういうわけじゃ…」



「じゃあ何しに来たんだよ」






    それが問題なんだ



「アイツの告白なんて毎度じゃねぇかよ」
「…まぁ」
うぜー。…………けどよ、アイツは本気だぜ?」
「…」


     7歳の頃アイツは初恋をした。相手はネットナビだった」



 今は12歳だから5年前の話か。



「しかしそのときの社会ではどうにもならず、断念。見てらんなかったぜ…俺の言う事も親の言う事も一切聞かねェ。もう二度とそうならないように親父はを科学省に入れ、ナビ実体化研究チームに加えたんだ」
「…」







「今はお前ときちんと恋愛をするために、必死で足掻いてんだ。認めてやれよ」








”ね、ブルース”



”今日は良い事あったんだよ。あとで教えてあげるね”



”炎山じゃなくてあたしのナビだったらなぁ”










      だいすき、ブルース”








に、会わせてくれ」


「責任持って協力してやるよ」


 レイの含み笑いが、頼もしく思えた。












---









 己のナビが喧嘩中の赤いナビと結託を組んでいるとは露知らず、あたしはベッドの上に伏していた。別に眠いわけじゃないけど動きたくない…そういう考えに至っての事だ。



「…ブルースのばーか」




 あの時のブルースの言葉。






 ”       ナビと人間が恋愛できると、本気で思っているのか?”



 分かり切っていた事だけど、改めて思い知らされた。
 非常識。
 非現実的。



 ナビを実体化させる研究をしているチームがある、と父親から聞かされた時には天にも昇りそうだったものだった。学校のテストで全教科平均点突破すればチームに加えて貰えるよう頼んでやるという父の言葉を信じて、勉強嫌いなあたしが一生懸命勉強した。二度とあんな思いはしたくないって、それだけを目指して頑張ってきた…それなのに。




「神様もいじわるだよ…」





 気付いてしまった。

 ナビの実体化が可能になったとしても、恋愛ができるとは限らない事に…。


 手を繋いで一緒にお散歩して、同じものを見て面白いと思う。そんな簡単な事はできるかもしれないけれど、恋愛はそれでは終わらない。パパやママのように結婚して、いずれ子供も作るのだ。食事だって三食食べなきゃいけないし、寝なければ人間は生きてはいけないだろう。


 けど、ナビにはそれは不要なのだ。食事も睡眠もいらない…それらは充電で賄える。人間とデータ生命体であるナビが生殖関係を持つなんて不可能に決まっている。


 あたしの望んでいる恋愛は、ママゴト程度という事だろうか。





「馬鹿みたい…」



 ずっと思っていた。
 …なんであたしは人間の男の子を好きにならないんだろう。熱斗君とメイルちゃんの仲を見ていて良いなと思う事も度々ある。街を歩いていてちょっと良いなって思う男の子もいる    けど、それが恋愛に繋がらない。男友達はいっぱいいるけど、誰ともそういう仲になった事がない。






「あぁもう、やめたやめた!」



 今は寒い時期だから、外の冷たい空気でも吸えば頭がスッキリしてくるに違いない。生暖かい部屋に籠もってばかりいたから思考が消極的になっているだけだろう。ベッドから飛び降りてカーテンを開けば、目が眩むような日差しが飛び込んでくる。そして…。







「…ん?」


 窓が、開かない。
 この家は研究所の実験も兼ねていて、各部屋ずつ鍵を掛けていくのも可能だが、一つ掛ければ全て鍵が閉まるという仕組みになっていた。窓横のキーに数字を入力してみるがまったく応答がない。これはレイに直接原因を探ってもらわなくては。




 そんな、何の気無しにパソコンのディスプレイを見て。





 …あたしは、固まった。












「ブルー、ス…」
「…」



 なんで。


 なんで、…何で?
 ありえないよ…だって。


 ふと、この家のネットワークを管理しているのがレイだと、思い出す。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・裏切り者」


『そう言わないでやってくれ。俺が頼んだんだ』
「閉じこめろって?」
『そうじゃない』


 あからさまに込めた敵意を汲み取って、目を逸らした画面から溜め息が零れる。
何をしに来たかは知らないが、今は冷静に話し合えるほど落ち着いていないし、いったん打ち切った考えもまだまとまっていない。



?』






       …もう一度拒否されたら、きっと立ち直れない。



「帰ってよ…」
『そういうわけにはいかない。…話がしたい』
「あたしに話なんて無い」
『だが俺にはある』
「聞きたくない…!」


 何も聞きたくなくて耳を思い切り塞ぐ。…けれど通りの良い声はそれでも割入ってきて。







『お前が俺を好きだという気持ちは十分伝わっている。それを迷惑だと思った事もない』



「…ぇ」


 我が耳を疑って、手から力が抜ける。



『好きか嫌いかの二択で問われれば、好きに違いないと断言できる』







 そんなの、初めて聞いた。
 いつも”好き”っていっても「はぁ?」とか「またか」とか、呆れた声しか出てこないから…。



「じゃあ何で…!」
『お前は平気なのか?』





       人間との恋愛でしか得られないものを失う事になっても。


『俺はお前と同じ感覚を共有できないし、快楽も得られない。それでも…』



 ブルースが、すき。






「…一緒にいたいの」


 今度は、しっかり画面を見据えて。



「人間同士だからって必ず幸せな恋愛ができるワケじゃないもん…離婚している人いっぱいいるし。それに子供いなくったって幸せな人もたくさんいる。快楽っていう点でも、ナビに感覚が全く無いわけじゃないもの」
「…」







「あたしは近くにいて、一緒にいて、同じものを見て、笑いたいの」




『…そうか』

 そう言ったブルースの顔は、記憶に新しい    険しいそれじゃなく。



『そこまで腹をくくっているというなら、俺も諦めがつくな』


 晴れている。


「…ッ、いいの?!」
『散々拗ねておいて何を言ってるんだ、全く。言っておくが炎山様の用件が第一優先だからな。会いたいと言っても無理なものは無理だ』
「うん!」





 結局、あんなに悩んでいたのも。


 ブルースにOK貰えるだけでこんなに嬉しくなって、吹き飛んじゃって。



 あたしって、単純なんだなぁって、改めて思った。








 一方レイは、そんなあたし達を見て。

「やっぱ、協力すんじゃなかったな…」

 そう零していた。











(偽物ブルース垂れ流し)


07/12/14  修正
11/11/11  微修正