「師匠
嬉々とした声が店内に響き渡る。ドタドタと裸足で駆けるリベザルは、座木の部屋で秋を見つけると更にその顔を輝かせた…が、それも一瞬。ゼンマイ仕掛けのようにキリキリと首を捻る秋の表情は明らかに怒っている。
本気で怒っているときは無表情になる秋のことだ、憎悪ではないようだが迷惑がっているのは確かだった。
「無駄に伸ばすな、それ以上伸ばした暁には…」
「わわわわっ、ごめんなさいっ!!そ、そんなことより師匠ッ!
調べ物をしていたと思われる本をパタンと閉じ振り上げられたことに身構えると、リベザルは精一杯謝った後一気に言った。
振り上げた手が降りることはなかったが、怒りの表情は怪訝なものに変わった。
「……何?」
「お祭りです。総和さんの神社でやるそうなんですっ!」
「総和、そーわ………ああ、小坊主さんね。お祭り好きなんて子供っぽいなぁ〜あの人も」
”総和さんが考えた訳じゃないです”と律儀に訂正するリベザルに、心底呆れたような溜息と紫煙を吐く。直接吸ってしまったそれに咽せ、思わず出てしまった涙を拭うとリベザルは問う。
「…行かないんですか?」
「あのな、リベザル」
「さんにダメだったって連絡しないと
「僕ハ行カナイナンテ言ッテナイ」
そっぽを向き紫煙を燻らせる秋を睨めあげる。
あからさまに豹変した態度に悔しくもなったが、とりあえず祭に行けることになった時点でそんなことは忘れた。
当日
約束の時間より早く来ることが習慣になってしまっているあたしは、今日とて例外でなく。1時間の待ちぼうけをくらっていた。
(……早過ぎたかも)
1時間も待ったからか、ようやく時間厳守の大切さを実感した。
しかしそれも秋が悪いのだ。
「まさか今日一緒に来てくれるなんて…」
もしかしたら無理かもしれないとは思ってはいたものの、前日になって興奮状態のリベザルから"OK"の電話が入って。
その時のうれしさと言ったら
(コレで一生分の幸せ、とかじゃないよね……っ)
大袈裟かもしれないけれど、それ位嬉しかった。
いつもは薬店にまっすぐ向かってたから、あたしが秋の方に出向いていた。
今日は違う。
待ち合わせだから、秋が来てくれる。
その嬉しさに思わず顔が緩み、同時に着物が気になってきた。
「帯曲がってないかなぁ、お端折とか………」
「
「!?」
「お待たせ」
相変わらず予想外の行動をする。
団扇を口に添えて微笑む彼は妖艶さを纏っている。近付いてきた気配を察せずに普通に驚いてしまったのが悔しく、そっぽを向いてみせる。
「べ、べべべつに、待ってなんかっ…」
「声どもってるよ」
クツクツと笑う秋に邪気はなく、あたしは羞恥に頬を染めた。くそぅ何だってこの男はこんなにきれいで可愛いかなぁっ…殴るに殴れないじゃないか!!
つくってしまった拳を隠すために大袈裟に振り向いて、そこで初めて赤い頭が視界に入った。
「こんばんはっ、さん!」
「こんばんは」
「あっ…リベ君、座木さん。こんばんは〜」
二人に丁寧に挨拶をする。
よく見れば秋も他の二人も浴衣を着ている。秋はいつも女の子と間違われるのを危惧してか少し渋い色物を着ている。座木さんは大人っぽい柄と色がとっても似合っているし、リベ君もテイクアウト衝動を抑えられないくらいに可愛い着物が似合っている(落ち着け)。
いつも一緒にいると特別感じないけれど、こういう公共の場に出ると実感するのは、ジャンルは違えど三人とも注目を浴びる容姿だということ。
「…何?」
皆を凝視しているあたしの視線に気がついたのか、秋が問いてきた。
「あ、ううん。みんな浴衣似合うなぁと思って」
「さんも似合ってます!」
「あ、そう?…えへへ、ありがとっ」
「はい!」
これじゃどちらが褒められたのかわかったもんじゃない。
拳を固く握り力説するリベザルに、恥ずかしくなりながらもやはり嬉しいもので。
「それじゃ、行ってみよー!」
「はいっ!」
下駄の音をカラコロと鳴らせ鳥居を潜る二人の後ろで、座木さんと秋が苦笑を漏らしているだろうことが容易に想像できる。でも今日は祭り!楽しまなくちゃ損ってもんよ!
入り口付近で早速発見したヨ−ヨー釣りの出店に立ち止まったあたしとリベザルを追い、二人も鳥居を潜った。
「ん〜〜…のおぉぉぉぉお〜〜〜っっ」
我ながら女を捨てた声だと思う。
黄色のドットとオレンジの波が描かれた白いヨーヨーに一目惚れし、全神経を集中させるが、その効果は空しく。数センチ持ち上がったヨーヨーは無情にもビニールプールの中へと落下した。
「あああぁぁ〜!」
「水風船如きでいちいち騒がしいよ、」
「(如きとか!そういうこと出店してる人の前で言うなよ!)だ、だって…だって…」
「…しょうがないなぁ、おじさん一つちょーだい」
秋は店の主人から道具を受け取ると、あたしが狙いを定めていたヨーヨーに引っかけた。あたしが全神経を集中させても取れなかったソレは、いとも簡単に持ち上げられた。(何で!?)
「はい、これでいいんでしょ?」
「…貰ってもいいの?」
「僕がもらってもしょうがないデショ」
秋はつまらなそうに言うと、あたしの手の中に落とした。一目惚れしたソレは、ひんやりと冷たくて
「秋」
「何?」
「ありがとっ」
「
隣で、未だに取れず悪戦苦闘しているリベザルには申し訳なく思ったが、すごく楽しい。
数分後。
ヨーヨー一つで散財しかねないリベザルに痺れを切らしたらしく、リベザルの分も秋が取った。その時のリベザルの表情はとても緩んでいて、自分まで幸せになった気分だ。
そして一行は、花火の打ち上げに向けて腹ごしらえをしようということになった。
「は何食べる?」
「んー、お好み焼き食べたい」
「お好み焼きか、そういえば久しく食べてないな。僕もそれにしようかな」
「では私達も…」
「ザギ。お前達は場所取りをしておいてくれ」
「…え」
秋が座木の言葉を遮る。
語尾はやや強調気味だが…今いる所からは秋の顔は見えない為、どんな表情で言っているのかは分からない。
押され気味に座木が問い返すと、秋は念を押す様にもう一度言った。
「いいな、場所取りだぞ?」
「
僅かな間を空け、座木が了承する。その顔はどこか楽しそうにも見える。
「ならいい。行こう、」
「え?リベ君と座木さんは?」
「わたし達は別行動で。
「は、はぁ……」
秋に手を引かれ人混みの中へと足を踏み込む。
少し歩いただけで二人の姿が見えなくなる人に圧倒されつつも、繋がれた手に安心感を抱く。
そこで、ふと思い出した。
「秋って花火アレルギーじゃなかったっけ?」
「まぁね?」
「…大丈夫なの?今日特大の花火が上がるのに」
「離れてれば問題ないでしょ、コレもあるし」
そう言って手中の煙草を見せる。秋の煙草は市販のとは違って有害物質が入っていないらしい。要は形だけの煙草?
それでも煙草を吸う秋はとても綺麗で、似合っている。疲れたおっさんがスパスパ吸ってる横に立っているよりずっと楽だし、何より気分もいい。
「
「!あ、え?」
「お好み焼き、買うんじゃないの?」
そう言われて初めて目の前のお好み焼き屋に気付いた。
それを誤魔化す様に笑う。それがあまりにも調子の外れた笑いで秋には気付かれたかもしれない。
それでも秋は軽く額を小突いてあまり嬉しくもない小言を言ってくれた。
◆
お好み焼き購入後。秋が手を引いて向かった先は、堤防より離れた…むしろ屋台の裏の方のこぢんまりとした神社。そこは人気が無く、人混みの中の熱気はなかった。
「涼しー……けど」
「何かご不満でも?」
「いや、不満って言いますか…リベ君達と合流しなくていいの?」
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あー……うん、だもんね」
「何それ!」
「いや別に?あの二人は別行動だって言ってたし、合流する必要は皆無。
Did you understand it?」
何だか馬鹿にされた気分(いや、してるんだろうけど)。
しかしそれ以上に上回る思いが憎さを打ち消す。
神社で涼み、お好み焼きを二人で…。
(ちょっと待って…)
今ココにいるのはあたしと
今更ながら自覚した途端羞恥心が込み上げる。
隣で何も感じていないようにお好み焼きを頬張る秋に視線をずらす。
細く綺麗なセピア色の髪が風に揺れる。
隙間から覗く顔は、月明かりに照らされて…とても幻想的だ。
「、食べないの?」
「た、食べるっ」
羞恥したそばから、何だか哀しくなった。
秋はとても綺麗だけど、あたしはずば抜けて綺麗な容姿というわけではない。 母親に見てもらい時間を掛けて着た浴衣も、何だか貧相なものに見える。
…口数も減っていく。
「寒い?」
「ううん、大丈夫」
でも話すことを拒否はしない。
もし話を止めてしまったら、秋が、どこかへ行ってしまうようで。
「」
「ん?」
お願いだから
どうにも彼を振り向けなくて、誤魔化すようにお好み焼きをパックの中で切り分ける。けれどなかなか口に運ぶ気になれずにいると、隣から短い溜息が零れた。
「もしかして、今凄い馬鹿なこと考えてない?」
「…え」
吃驚してお好み焼きを落としかける。
ハッとして見た秋は、すでに完食されたお好み焼きのトレイを横にやり、呆れたように寝転んでいた。
「何、考えてたのさ」
「………」
「別に言いたくないなら言わなくてもいいけど」
「秋が」
「僕?」
「この世の人じゃないみたいで」
「…人間じゃないのは確かだね」
「そーじゃなくて!」
思わず張り上げてしまった声。
そんなんじゃない。
そんなんじゃなくて…っ。
「秋があたしを置いて行っちゃうんじゃないかって…!秋って綺麗だし、頭良いし、優しいし」
これも違う。
「……あたしよりも綺麗な人なんていっぱいいるんだよ?なのに何で私なんだろうとか、いつか捨てられちゃうんじゃないかって……」
こんなの、秋が悪いんじゃない。
いくら容姿を着飾っても、中身が伴って来なければ何の実も結ばないのは分かってる。
…それでも秋はとても綺麗だから。
「いつも、いっつも近くにいてくれないと……不安で」
「…」
秋は何も答えない。
ああ、呆れられて当然だ。
本来なら深いところへしまって閉じこめておきたかった思い…何て嫉妬深く醜い感情なのか。言ったそばから後悔しているというのに、言葉は尽きず…塞き止めていたものが一気に流れ落ちていく。
想いを告げた時、秋も受け入れてくれて。
受け入れたって事は、あたしを認めてくれたって事なのに
「
「!」
秋が身を起こす。
大きなため息を漏らして、未だ盛り上がり熱気に包まれる屋台を遠目に見る。
「容姿なんて所詮その人のオプションみたいなもんでしょ」
「そ、そうだけど…!」
「だいたい、"私よりも"とか"何で私?"とか。次にそんな下らないこと言ったら本気で怒るよ?」
そう言った秋の顔は見えない。
「僕の好みにケチを付けるな」
それはとても突き放した言い方だったけれど。
胸にあった<不安>がストンと落ちた。
込み上げてくるモノが抑えられず、とうとう涙が頬を伝う。
「…っ」
「折角僕が来てあげたのに、そんなこと考えてたんだ」
「ごめ…っ」
これじゃただ、秋の想いを裏切っただけだ。
「ゴメンね?秋」
「ん〜、なかなか許し難いことだね」
「う゛」
「これ貰ってくれるんなら、考えてあげてもいいけど」
そう言ってあたしの手に落としたのは、包装紙に包まれた手の平大の箱。
軽いとも重いとも言えないその箱と秋を何度も見比べてみる。
「これ、何?」
「開けてもいないうちに中身きくの?」
「い、いま開けるんだもんっ」
図星をさされ悔しいながらも、丁寧に包装をはがしていく。秋のことだから幾層も重ねられていると思ったが、それはすんなりと姿を現した。
箱の中から出てきたのは、可愛い形の瓶に入った、
「…香水?」
「匂い嗅いでみて」
言われたとおり、右手で香りを扇ぎ寄せる。
それはいつも嗅いでいる、とても大好きな清々しいハーブの香り。
「
「丁度良いでしょ」
「何で?」
「誰かさんに"いつも近くにいて"って言われちゃったし」
「!!?ちょ、な、っだってソレはさっき言ったばっかりでずっと言ってたわけじゃ、・・・…っていうか準備良過ぎじゃない!?」
「アッハハハハ…テンパり過ぎ…ッククク!」
「笑うなーッ!!」
がうッと威嚇しては見るが元より笑い上戸の彼が、それで止むわけが無く。
あたしはほとんど冷めてしまったお好み焼きに手を付けた。
それでもふんわりとしたお好み焼きは格別で。
風も涼しくて。
隣には秋がいて。
刹那。
強い衝撃と共に明るい閃光が辺りを照らした。
「あ、花火!」
「そーいえば忘れてた」
次々と上がる色とりどりの華は、熱気に包まれた会場を包み込み。
特大のモノや芸術的なモノが上がるたびに、人々の歓声が響く。
「……ね、秋」
「んー?」
「また来年も、みんなで来ようね」
「………みんなで?」
…微妙な顔をされた。
え、何で?
ここへ来たばっかりの時も同じ顔された気が…。
何か変なこと言った?
「…ま、だししょうがないか」
「なんでよ
「…あのさ、何の為に別行動にしたか分かってる?」
「え」
"は何食べる?"
"僕もそれにしようかな"
"いいな、場所取りだぞ?"
"
「!!」
「全く鈍いんだから…」
再び羞恥に頬を染めたあたしに、秋はクツクツと笑った。
そして少しばかり体をずらしてあたしの手と自分のを重ねた。
その後は
二人だけの秘密
08/01/03 季節外れ修正
09/03/31 大幅加筆修正